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仙台地方裁判所 平成2年(ワ)476号 判決 1999年12月22日

原告

越智猛夫(以下「原告越智」という。)

外二名

原告ら訴訟代理人弁護士

清藤恭雄

馬場亨

富澤秀行

被告

学校法人栴檀学園

(以下「被告法人」という。)

右代表者理事長

横山敏明

被告

佐々木一雄(以下「被告佐々木」という。)

外二名

被告ら訴訟代理人弁護士

佐藤裕

犬飼健郎

主文

一  被告法人は、原告樋口及び同工藤に対し、同原告らが、被告法人の設置する東北福祉大学の教授会に出席し、議案の審議に参加することを妨害してはならない。

二  原告樋口及び同工藤と被告法人との間で、右東北福祉大学において、原告樋口が、別紙第一目録記載の講義を、同工藤が、同第二目録記載の講義を行う地位を有することの確認及び同原告らが、被告法人に対し、右各講義をすることを妨害してはならないことを求める部分の訴えを、いずれも却下する。

三  被告法人は、原告らそれぞれに対し、各金二五〇万円及びこれらに対する平成二年六月一〇日から各支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告法人の各負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  原告らの請求

一  被告らは、原告樋口及び同工藤らに対し、同原告らが、被告法人の設置する東北福祉大学の教授会に出席し、議案の審議に参加することを妨害してはならない。

二1  原告樋口及び同工藤と被告法人との間で、被告法人の設置する東北福祉大学において、原告樋口が、別紙第一目録記載の講義を、同工藤が、同第二目録記載の講義を行う地位を有することを確認する。

2  被告法人は、同原告らに対し、同原告らが右各講義をすることを妨害してはならない。

三  被告らは、連帯して、原告らそれぞれに対し、各金三〇〇万円及びこれらに対する被告法人、同萩野、同大竹は平成二年六月一〇日から、被告佐々木は同月一二日から各支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

四  被告法人は、原告越智に対し、金一〇三万八三三三円及びこれに対する平成一〇年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

(1) 原告越智

原告越智は、昭和四五年四月、被告法人が設置する東北福祉大学(以下「本件大学」という。)に助教授として採用され、同四六年四月に教授に昇進したものであるが、平成一〇年三月三一日、定年退職した。

(2) 原告樋口

原告樋口は、昭和四〇年四月、本件大学に専任講師として採用され、同四四年一〇月に助教授に、同五一年四月、教授に昇進して現在に至っている。

(3) 原告工藤

原告工藤は、昭和五二年四月、本件大学に専任講師として採用され、昭和五五年一月、助教授に昇進し、現在に至っている。

(二) 被告ら

(1)被告法人

被告法人は、教育基本法及び学校教育法にしたがい、学校を設立することを目的とする学校法人であり、昭和三七年に本件大学を設立してその経営に当たっている。

(2) 被告佐々木

被告佐々木は、昭和六一年一二月一日、本件大学の学長及び被告法人の理事に就任し、以後その職務に当たっていたが、平成六年六月三〇日、右両職を退任している。

(3) 被告萩野

被告萩野は、昭和五四年五月、本件大学の教授、被告法人の理事に、昭和五六年四月、同大学の学長補佐に各就任し、平成六年七月、本件大学の学長及び被告法人の常務理事に就任して現在に至っている。

(4) 被告大竹

被告大竹は、本件大学の教授で、昭和五六年四月、同大学の総務部長に、同六三年五月、被告法人の理事に就任し、現在に至っている。

2  本件処分

被告法人は、原告らに対し、平成二年三月二四日付で、次のとおりの処分(以下「本件処分」という。)を行った。

(一) 教授会の構成員として不適格であるので、当分の間教授会出席を停止する(以下「本件出席停止処分」という。)。

(二) 教育に携わるのにふさわしくないので、当分の間授業担当からはずす(以下「本件講義停止処分」という。)。

しかし、原告らには、右処分を受ける理由はなく、右処分は、違法かつ無効である。

3  教授会出席の妨害排除請求(原告樋口及び同工藤)

(一) 原告樋口及び同工藤は、前記1(一)のとおり、本件大学の教授ないし助教授の地位にあるところ、本件大学の学則(以下「学則」という。)九条は、「教授会は、学長、教授、助教授及び講師をもって組織する。」と定め、また、本件大学の教授会規程(以下「教授会規程」という。)二条は、「教授会は、専任の教授、助教授及び講師をもって構成する。」と定めている。

したがって、同原告らは、教授会の構成員として教授会に出席し、議案の審議に参加する権利を有している。

右のとおり、教授会に出席して議案の審議に参加することは、大学教員として認められている固有の権利であるから、教授会への出席停止はその固有の権利を奪い、大学教員としての地位を奪うに等しい重大な制裁である。

(二) しかし、被告らは、本件出席停止処分は有効であると主張し、原告樋口及び同工藤らに対して教授会の招集通知をしないなどして、同原告らが、教授会に出席し、議案の審議に参加することを妨害している。

(三) よって、原告樋口及び同工藤は、被告らに対し、同原告らが、教授会に出席し、議案の審議に参加することを妨害しないことを求める。

4  講義を担当すべき地位の確認及び妨害排除請求(原告樋口及び同工藤)

(一) 学校教育法五二条は、「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用能力を展開させること」をもって大学の目的としており、右規定の趣旨に鑑みれば、私立大学の教員は、学校法人との雇用契約によって、教授及び研究の責務を負うことになる反面、右教授及び指導をすることは、その地位に基づく権利であるというべきである。

そして、本件大学の教員として、原告樋口は、別紙第一目録記載の講義を、原告工藤は、同第二目録記載の講義をそれぞれ担当してきたものであり、同原告らは、学生に対し、右講義を行う地位と権利を有している。

したがって、大学教員たる同原告らにとって、本件講義停止処分は、学生に対する右講義を行う権利を侵害する不利益処分である。

(二) ところが被告法人は、本件講義停止処分が有効であると主張して、原告樋口及び同工藤に対して、担当すべき講義を割り当てず、もって、別紙第一及び第二目録記載の講義を行うことを妨害している。

(三) よって、被告法人に対して、原告樋口は、別紙第一目録記載の、原告工藤は、同第二目録記載の各講義を行う権利を有することの確認を求めるとともに、同原告らが、右講義を行うことを妨害しないことを求める。

5  慰謝料請求(原告ら)

(一) 被告法人の責任

原告らは、被告法人による前記3の違法な本件処分により、教授会に出席して審議に参加し、講義を担当すべき大学教員にとって不可欠かつ重要な権利を奪われ、甚大な精神的苦痛を受けた。

これに対する慰謝料としては、後記(二)の事情をも考慮すると、三〇〇万円を下ることはない。

(二) 被告佐々木、同萩野及び同大竹の責任

被告佐々木、同萩野及び同大竹(以下「被告佐々木ら三名」という。)は、本件処分当時、それぞれ本件大学の学長、学長補佐及び総務部長の地位にあって、同大学の執行部を構成し、実質的にその管理運営に当たってきたところ、本件処分は、右被告佐々木ら三名が共謀の上、同被告らによる本件大学の管理運営上の諸問題についての対処方法の不当性及びこれに関連する自らの旧悪が公になることを防止し、同被告らの方針に批判的な原告らを学外に追い出さんとして、虚偽の懲戒事由を作り出して教授会及び理事会決議を誤った方向に誘導し、形式的な多数決を根拠として、被告法人をして本件処分をなさしめたというほかはなく、極めて巧妙かつ悪質なものである。

右によれば本件処分は、被告法人及び被告佐々木ら三名の共同不法行為によるものというべきである。

(三) よって、原告らは、それぞれ、被告らに対し、共同不法行為に基づき、連帯して三〇〇万円づつ及びこれらに対する不法行為以後の日であり、訴状送達の日の翌日である、被告法人、同萩野、同大竹については平成二年六月一〇日から、被告佐々木については同月一二日から支払済みまで各民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

6  原告越智の未払賞与金の支払請求

(一) 原告越智は、平成一〇年三月三一日をもって被告法人を定年退職した。

(二) 被告法人における本件大学の専任教職員に対する賞与の支給については、「賞与の支給に関する細則」(以下「本件細則」という。)が定められており、右細則二条及び右条項により準用される人事院規則九―四〇の規定によれば、賞与は、毎年三月一五日に基本給の一か月分、六月一五日に基本給の2.5か月分、一二月一五日に基本給の3.5か月分の金員をそれぞれ支払うものとされている。また、同細則三条によれば、賞与の基準期間内に休職、退職又は死亡した者についても、基準期間中の勤務月教を勘案して計算された支給額が支給されるものとされている。

(三) 右各規定によれば、原告越智に対しては、平成一〇年六月一五日に支給されるべき賞与(以下「本件賞与」という。)として、原告越智が勤務した平成九年一二月から同一〇年三月までの四か月を、平成九年一二月から同一〇年五月までの六か月(基準期間)で除した割合の金額が支払われるべきこととなる。

(四) そして、原告越智の退職時の基本給は、月額六二万三〇〇〇円であるから、これに右(二)の2.5及び(三)の六分の四を乗じて算出される一〇三万八三三三円が、平成一〇年六月一五日に、原告越智の受けるべき本件賞与の額となるが、被告法人は、これを支払わない。

(五) よって、原告越智は、被告法人に対し、本件賞与の支払請求権に基づき、一〇三万八三三三円及びこれに対する右賞与支払日の翌日である平成一〇年六月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの本案前の抗弁

1  本件出席停止処分について

(一) 学校教育法五九条並びに学則及び教授会規程は、大学における教授会の設置とその構成員については規定しているが、その構成員が常に教授会へ出席する権利を有することまでは規定していない。

(二) そして、教授会も一つの組織体であるから、その構成員に対して、合理的理由に基づき、審議事項を限って、あるいは期間を限って教授会への出席を停止させる権限を当然に有している。

(三) また、このようにしてなされた決議は、被告法人が主体となって行う懲戒処分とはその性質を異にし、その主体は教授会全体であり、教授会の総意としての単なる意思表示であって、被告佐々木が、原告らに対し、教授会議長の立場で右意思を伝達したにすぎないものである。

(四) さらに、右決議は、原告らに対し、何らその被雇用者としての法的地位に変更を生じさせる効果も、強制力もないのであって、原告らのいう懲戒処分とは、全くその性質を異にする。

(五) そして、本件大学の教授会においては、後記五(抗弁)記載のとおりの、原告らの教授会の構成員として適格性を欠く行為に対して、圧倒的多数で本件出席停止処分を決議し、被告佐々木は、教授会の議長として、右決議に基いて、原告らに対し、右処分を通知し、その旨の措置を講じたものである。

ところで、この決議の主体である教授会については、これが大学の自治と学問の自由を担う枢要な機関であることを考えれば、その判断は尊重されるべきであり、これが権利の濫用に該当し、公序良俗に明らかに反するような不当なものでない限り、司法機関その他の国家機関が軽々に容喙すべきものではない。

(六) このような観点からすれば、右決議は、司法審査の対象にはならないものというべきである。

2  本件講義停止処分について

(一) 本件大学において、具体的にどの科目をどの教員に担当させるかは、教授会において審議された後、被告法人を代表して学長がその決定を行うこととされている。

しかし、右決定にあたっては、全教員に必ず授業を担当させなければならないとの制約は全く課されていない。すなわち、教員は学長により割り当てられた講義を担当する義務を負うが、それ以外の講義についてはこれを担当する義務も、また、権利も有しないものである。

よって、被告法人が、原告らを授業担当から除外する措置を採ったからといって、原告らに就労義務を免除することにこそなれ、何ら権利を侵害するものでも、法的不利益を課するものでもない。

(二) そして、この問題も、本来的に、大学が自主的に判断すべき大学自治の領域の問題であり、特段の事情がなければ、司法機関その他の国家機関が介入すべき問題ではない。

三  本案前の抗弁に対する原告らの反論

1  本件出席停止処分について

(一) 確かに学校教育法五九条においては、教授会の設置義務とその構成員について規定しているものの、構成員の教授会への出席権を規定しているものではない。しかし、同法やその関連法規及び学則等により教授会構成員として定められた者が、右教授会への出席権を有することは、明文の規定を待つまでもなく当然のことであり、したがって、これら法規等においても、あえてこれを規定していないというに過ぎないものである。

(二) また、教授会が一つの組織体として、その構成員に対して、注意をしたり教授会への出席を停止させることが理論上あり得るとしても、右処分は、これを受ける者にとっては、不利益処分であることは明らかであり、しかも、教授会への出席停止という処分は、教授会へ出席して発言し、議決権を行使するという固有の権利を全面的に奪い、教授会の構成員としての地位の剥奪にも等しい極めて重大な不利益処分であるから、多数決によっても、これを行うことはできないものというべきである。

さらに、このような処分を現実に行うためには、その前提として、予め処分をなすべき実体的な合理的理由及び処分をするための手続等を定めた明文の規定を設けた上、その規定に則って初めてなし得るものというべきである。

ところが、被告法人においては、このような規定等は全く定めておらず、したがって、一般的、抽象的に、教授会が一つの組織体として、その構成員に対して、教授会への出席を停止させ得ることがあるとしても、本件においては、現実に右出席の停止をすることは違法である。

そして、被告らは、本件処分を措置と称しているが、その実質的な内容に照らせば、原告らに対する不利益処分であり、懲戒処分であることは明らかである。

(三) 被告らは、本件処分の実質が懲戒処分であることを否定する理由の一つとして、本件処分の行為主体が被告法人ではなく、教授会であることをあげる。

しかし、右被告らの主張は、審議機関としての教授会と執行機関としての被告法人との相違を認識せず、もしくは誤認しているものであって、本件においても、審議機関としての教授会の決議を受けて、処分を行ったのは、被告法人であることは明白である。

(四) 被告らは、本件処分の実質が懲戒処分であることを否定するもう一つの理由として、何らの法的効果も伴わないものである旨主張する。

しかし、本件処分に伴い、原告らは、教授会への召集の通知も受けなくなり、また、現に教授会の場を訪れた際には、その場から排除されているものであり、右処分に伴って、不利益な法的効果を受けていることは明白である。

また、教授会の決議だけとってみれば、単なる意思表示に過ぎないと見ることも可能であるが、本件では、現実に、被告法人が、教授会の右決議を受けて、これに沿った行動をしているのであって、被告らの右主張は、形式論によって争点をすりかえようとしているものといわなければならない。

(五) さらに、被告らは、本件処分についての司法審査を否定する根拠として教授会における大学の自治をあげる。

勿論、本件大学も大学である以上、大学の自治を有するものであり、その担い手が教授会であることは、原告らにおいても、否定するものではない。

しかし、前記のとおり、本件処分の実質が、被告法人の原告らに対する懲戒処分であり、かつ、本件大学内部に、右処分に対する不服申立の方法の定めもない以上、大学の自治を理由に司法審査を否定することは許されない。

2  本件講義停止処分について

(一)大学の教員にとって、その研究活動と講義は一体不可分のものであり、原告らは、本件大学に勤務するようになってからは、毎年、ほぼ同様の講義を続けてきたものである。このように、原告ら大学教員にとっては、講義の履行は、雇傭契約上の重要な権利義務の一つとなっているものであり、大学側の都合のみで、一方的に講義を取り上げるようなことは許されない。

(二) そして、被告法人のなした本件処分が、違法、不当な懲戒処分であることは、右1のとおりであり、本件講義停止処分についても、これが司法審査の対象にならないなどと主張することは、暴論以外の何ものでもない。

四  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1(当事者)は認める。

2  同2(本件処分)のうち、原告らに対し、本件処分がなされたことは認め、その余は争う。

なお、前記のとおり、本件出席停止処分は、教授会の決議を被告佐々木が、教授会議長の立場で原告らに伝達したものであり、また、本件講義停止処分は、被告法人が採った措置であるところ、これらはいずれも、原告らが主張するような懲戒処分には該当しない。

3(一)  同3(教授会出席の妨害排除請求)(一)のうち、原告樋口及び同工藤が本件大学の教授ないし助教授の地位にあること及び学則等の規定の存在は認め、その余はすべて否認ないし争う。

(二)  同(二)及び(三)は否認ないし争う。

4(一)  同4(講義を担当すべき地位の確認及び妨害排除請求)(一)のうち、学校教育法の規定の存在は認め、その余は全て否認ないし争う。

本案前の主張のとおり、本件大学において、教員は、学長により割り当てられた講義を担当する義務を負うが、その権利は有しないものであるから、被告法人が、原告らを授業担当から除外したからといって、右権利の侵害を理由として、その処分に違法の瑕疵が生ずる余地はない。

(二)  同(二)及び(三)は全て否認ないし争う。

5  同5(慰謝料請求)は全て否認ないし争う。

6  同6(原告越智の未払賞与金の支払請求)のうち、原告越智が被告法人を定年退職したこと及び本件細則の規定の存在は認め、その余は全て争う。

五  被告らの抗弁(本件処分の適法性)

原告らに対し、本件処分(措置)が採られた理由は、①全日本大学野球連盟が、本件大学につき、野球憲章違反の事実の有無について調査した際、原告らが、同連盟に対して上申書を提出したことに関する問題(以下「本件上申書問題」という。)、②原告らが、被告萩野及び同大竹を、業務上横領及び背任の嫌疑があるとして、刑事告発をしたことに関する問題(以下「本件告発問題」という。)の二点であり、これら事実に対してなされた本件処分には、合理的な理由が存在する。

1  本件上申書問題

(一) 全日本大学野球連盟に対する本件上申書の提出

原告らは、平成元年一〇月六日、全日本大学野球連盟に対し、要旨次の内容の本件上申書を提出した。

「本件大学の野球部長及び監督は、昭和六〇年一二月二五日付でO君及びその父親に対して入学金と授業料を免除し入学を許可する旨の誓約書を取り交わしている。マスコミ報道によれば、学校当局は、昭和五七年四月一日作られた『特殊技能者等に対する奨学金給付内規』と称する制度の適用と主張している旨報じているが、右のような内規が昭和五七年四月一日存在しなかったことは明らかである。そしてO君のこの内規に基づく入学は、学生野球憲章第一三条に抵触すると考えるので、全日本大学野球連盟において審査されたい。」

さらに、原告らは、同年一〇月九日、右内規が偽造であるとの所見を記載した上申書を、全日本大学野球連盟理事会宛に提出している。

(二) 右問題について、全日本大学野球連盟は、O君にかかる件は、野球憲章に抵触する疑いはないとの結論を出している。

(三) ところで、本件上申書に引用されている誓約書(以下「本件誓約書」という。)については、原告らにおいて、昭和六一年中にはその存在を知り、内容も了知していた。

したがって、これが野球憲章に抵触すると考えていたとすれば、事は重大であるから、教授会で問題提起をし、事の真相をまず学内で明らかにする努力をすべきであった。

加えて、右誓約書は、野球部監督が本件大学や野球部長である被告大竹に無断で作成したものであり、また、その時期は、O君の本件大学への入学が決定した後のことであって、被告大竹及び野球部監督が、O君の入学自体を認めたものではない。

(四) 右のとおり、原告らが、このような事実について、教授会に問題を提起していれば、その真相はすぐに分かりえたはずであるのに、原告らは、この問題を教授会に提起することもせず、また、誓約書に氏名が記載されている当事者である被告大竹、野球部監督、O君及びその父親に事実を確認することもなく、全日本大学野球連盟に本件上申書を提出したものである。

(五) かかる行為は、当時、就職進路決定時期にあったO君の立場を考慮しないものであって、原告らの教員としての資質を疑わせる態度であり、また、昭和五九年七月一一日に教授会が決議した綱紀委員会作成の要綱(以下「本件要綱」という。)にある、「個人のプライバシーにかかる事項はみだりに外部に漏らしてはならない。」との行為規範に反することも明らかである。

2  本件告発問題

(一) 原告らは、川越英真講師(以下「川越講師」という。)らとともに、昭和六二年四月二三日、被告萩野及び同大竹の両名を仙台地方検察庁に業務上横領及び背任の罪で告発した。その内容の要旨は次のとおりである。

(1) 被告萩野及び同大竹は、共謀の上、昭和五五年ころから同六一年ころにかけて、正規の手段を経ないでいわゆる「裏口入学」をさせ、入学金及び授業料を免除し、もって、本件大学に対し、右免除した金額と同額の約七〇〇〇万円の損害を与えた(背任)。

(2) 被告萩野及び同大竹は、共謀の上、八木哲夫名義のいわゆる「裏口座」を作り、そこに学生から徴収した授業料や文部省その他からの補助金などの公金を入金させ、昭和五五年三月一四日ころから同五九年五月九日ころにかけて、六〇数回にわたり、約一六〇〇万円を引き出して自宅建築代金等に充てた(業務上横領)。

(二) しかし、原告らが告発の対象としている被告萩野及び同大竹の行為は全く事実に反する。

(1) 背任の告発事実について、入学者から実質的に入学金や授業料を徴収しないで入学させた事実はあるが、それは、本件大学が、「特殊技能者等に対する奨学金給付内規」に基づき、理事会の承認を得た予算の中で行っているものであり、右告発のような事実はない。

(2) 業務上横領の告発事実について、八木哲夫名義の口座があったことは事実であるが、それはいわば金庫代わりの口座であって、入出金ともに明らかであるとともに、すべて公正に使用されている。

(三) そして、原告らによる本件告発以前に、会計検査院、国税局、公認会計士の調査、監査等が行われた結果、右告発にかかる事実がないことは明らかであったとともに、右告発を受けた仙台地方検察庁は、捜査の結果、右告発事実のいずれについても、不起訴処分としたものである。

(四) 右のとおり、原告らは、右会計検査院等の検査結果にもかかわらず、確たる証拠もなく、また、関係者から事実関係を問いただすこともないまま、大学の同僚である被告萩野及び同大竹を、犯罪の被疑者として刑事告発したものであり、しかも、その結果は不起訴処分となったのであるから、右被告両名に対して謝罪するか、仮にそれができないとしても、少なくともそのような態度を示すことが、同僚として当然の振る舞いであり、また、信義にかなう態度というべきである。

しかし、原告らは、未だに被告萩野及び同大竹が犯罪を行ったかのような態度をとっているのであり、このような態度は、同僚として甚だしく不適切であるばかりか、信義に悖るものである。

3  以上のようなことから、平成二年三月一日に開催された臨時教授会において、原告らは、教授会の構成員として不適格であるとして、本件処分をすべき旨の決議が圧倒的多数で議決され、被告佐々木は、教授会の議長として、右決議に基いて、原告らに対し、本件出席停止の措置を通知し、被告法人は、本件講義停止の措置を講じたものである。

六  抗弁に対する認否(原告ら)

1  抗弁1(一)及び(三)のうち、原告らが本件上申書を全日本大学野球連盟に提出する相当以前の段階で本件誓約書が存在することを知っていたこと、原告らにおいて、これを教授会の場に問題として提起していないこと及び右誓約書に名前が記入されている者らに対し、直接質問をしていないことは認め、その余は否認ないし争う。

右誓約書の件が問題とされることになったのは、川越講師にかかる別件訴訟の平成元年一〇月三日の期日において、原告工藤が証人として尋問を受けた際であり、その結果、全日本大学野球連盟の自主的判断で審査をしたにすぎないものであって、この件がマスコミ等で大きく問題視されることとなったことと、原告らの行為とは、全く無関係である。

2  同2のうち、(一)は認め、その余は否認ないし争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  本件の事実経過

本件の事実経過について、当事者間に争いのない事実に、証拠(甲一ないし一一、一三ないし一五、一六号証の2ないし64、二四の1ないし3、二九ないし四二、四四、四六ないし五五の各1、2、五六ないし六二、六三の1、2、八三ないし九一、一〇〇ないし一〇二、一〇八、一二三ないし一四一、一七二ないし一七五、乙一、二、四、一〇、一一の1ないし4、一三、二三、二四、二九ないし三一、三四の1、四五ないし五一、五九、証人横田信義の証言、原告越智、同樋口、同工藤、被告佐々木、同萩野各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

一  当事者

1  原告ら

(一) 原告越智

原告越智は、昭和四五年四月に本件大学に助教授として採用され、同四六年四月に教授に任命されたものであるが、平成一〇年三月三一日をもって、定年退職した。

(二) 原告樋口

原告樋口は、昭和四〇年四月に本件大学に専任講師として採用され、同四四年九月に助教授に、同五一年四月に教授に各任命され、現在に至っている。

(三) 原告工藤

原告工藤は、昭和五二年四月に本件大学に専任講師として採用され、同五五年一月に助教授に任命されて現在に至っている。

2  被告ら

(一) 被告法人

被告法人は、学校設立を目的とする学校法人であり、昭和三七年に本件大学を設置して、その経営に当たっている。

(二) 被告佐々木

被告佐々木は、昭和六一年一二月一日に本件大学の学長及び被告法人の常務理事に就任し、以後その職務に当たっていたが、平成六年六月三〇日、右両職を退任した。

(三) 被告萩野

被告萩野は、昭和五四年五月に本件大学の教授・被告法人の理事に、同五六年四月、同大学の学長補佐に、平成六年七月、同本件大学の学長兼被告法人の常務理事に就任して、現在に至っている。

(四) 被告大竹

被告大竹は、昭和四五年四月に本件大学の専任講師に、同五〇年一〇月に助教授に、同五七年八月に教授に各任命されるとともに、同五六年四月に同大学の総務部長、同六三年五月に被告法人の理事に就任し、本件処分のなされた平成二年当時も、右職にあったものである。

二  本件に至る経緯

1  本件大学の管理運営上の問題にまつわるマスコミ報道等

(一) 昭和五九年四月一〇日以降、「教授会抜き、合否判定」「東北福祉大が『反則入試』」「一部幹部の『選考委』で」「やみスポーツ特待生も」、あるいは、「理事会独断でスポーツ特待生」「教授会が猛反発」「学則なし、文部省調査へ」、さらには、「東北福祉大が乱脈運営」「幹部専用の隠し預金」「後援会費流用?飲食などに」等の表題の付された、いわゆるスポーツ特待生制度の運用や裏口座の存在等のほか、代議士への献金疑惑、無許可でのキャンパスの造成の問題等、本件大学の管理運営を問題視する報道が、新聞各紙により連日のようになされるに至った。

(二) このような事態に対し、教授会メンバー七六人のうち、執行部を批判し、真相を明らかにすべきとの立場の一三人により、被告法人の山崎正道理事長等に対し、「最近マスコミにおいて本学の数多くの運営上の問題が取り上げられております。この事態は、大変残念なことであります。」とした上、「理事会におかれましても本学の精神に立ち、学園運営の一日も早い正常化にお力添え下さることを心から切望いたします。」とする要望書が提出された。

一方、同理事長も、新聞記者に対し、右不正経理疑惑について、「調べてみなければ何とも言えないが、新聞報道を見る限り、問題はあるようだ。」「法人部門と教学部門の分離がなされていなかったために、権力の一部集中現象が起きた。これを機会に機構改革をしたい。」と答えるなどしていた。

(三) さらに、この問題は、国会でも取り上げられ、また、会計検査院の検査が行われるなどし、新聞には、文部省は、「『隠し口座』が学校法人会計とは別会計とはいえ、その管理運営が一部幹部の専横になるなど適切さを欠いていた、として大学側に強く注意、同大がこの口座を廃止したことを明らかにした。」こと等が報じられている。

2  本件要綱の成立

(一) 一方、本件大学では、その教授会において、教授会の選任した委員によって構成される綱紀委員会が設けられた。そして、右委員会は、要綱(案)と題する文書を作成し、同年七月一一日に開催された定例教授会にこれを提案し、右教授会は、これを可決した。

右要綱(乙一〇)には、左記内容の記載がある。

「2 本年四月以降の異常とも言える事態を終息させるために次のような認識ならびに措置が必要である。

(1) 事態を混乱させぬため、教授会の審議内容をみだりに教授会構成員以外に漏らさぬための守秘義務は、本来教授会構成員としての良識にもとづく当然の責務であることを再確認する。

(2) 怪文書の配布や週刊誌等に対する情報提供が、もし教授会構成員から行われたとするならば、極めて遺憾なことである。

本来教授会の権能は、その構成員の信義のうえに成り立つものであり、プライバシーにかかわることは、当事者に同僚として忠告することはあっても、教授会構成員として決して他に漏らすべきことではない。

(3) 教授会より選任された当委員会(綱紀委員会)としては、成立の経緯からみて教員を調査する権限なり機能をもつということは適当なことではない。もしかりに情報提供者等があったとしても、それを特定することは困難である。

そのような権限なり機能は、就業規則との関連からみて理事会の機能である。

(4) 教授会としては、理事会の教員の懲戒にかかる諮問について審議する。その他、教授会構成員について、(2)のような事実が明らかとなった場合、①厳重な警告、②事態が正常化するまで教授会出席の一時停止、③除名ならびに辞職勧告、等の措置が考えられる。その場合調査委員会を設けることが望ましい。」

3  川越講師に対する教授会出席停止及び授業停止処分

本件大学は、昭和六二年四月九日、執行部に批判的であり、右要綱にも反対の立場を表明していた川越講師に対し、教授会の構成員として不適格であるので、当分の間、教授会出席を停止し、教育に携わるのにふさわしくないので、当分の間、授業担当から外す旨の本件処分と同様の処分をなし、また、今後、マスコミその他に対する個人的な無責任な接触で本件大学に悪い影響を与えることは、絶対慎むこと等を言い渡した。

4  原告らによる本件告発

(一) 原告ら及び川越講師を含む一三名は、昭和六二年四月二三日、被告萩野及び同大竹の両名を仙台地方検察庁に業務上横領及び背任の罪で告発した。その内容は要旨次のとおりである(甲三三)

被告萩野及び同大竹は、共謀の上、

① 本件大学の野球部を中心とする体育部を強化して全国大会に出場させるなどし、もってそれぞれ自己の地位と名誉を守ることを企図して、自己の利益を図る目的をもって、その任務に背き、昭和五八年ころから同六一年まで毎年度、教授会に諮ることなく、独断かつ秘密裏に、全国各地の高等学校卒業見込者中の野球の巧みな者に対し、入学金及び授業料全額免除の条件を提示して本件大学への入学を勧誘し、毎年度一〇名前後の者(右期間中の合計約三〇ないし四〇名)を正規の手続を経ないで特待生として本件大学に裏口入学させて、その入学金及び授業料(右期間中の合計額約五〇〇〇万円超)を免除し、もって、本件大学に対し右免除金額と同額の財産上の損害を与えた(背任容疑)。

② 被告法人もしくは本件大学の他の機関に諮ることなく、独断かつ秘密裏に、昭和五五年三月一四日、部下の経理課長八木哲夫に命じ、被告法人の正規の銀行口座とは別に、同人名義の普通預金口座(以下「裏口座」という。)を作らせた上、昭和五七年三月から同五九年五月までの間、本件大学の管理運営に必要な資金として学生より徴収した入学金、授業料、施設設備資金、教育研究振興会費、後援会費等の金員並びに文部省(国)及び日本私学振興財団等からの公的な補助金のうちから、前後一七回にわたり、合計一四五〇万円を、右裏口座に入金して、これを管理することにより、本件大学のため、右金員を業務上保管中、昭和五七年三月ころから同五九年五月九日ころまでの間、前後四〇数回にわたり、ほしいままに、クラブ、バー、料亭等の飲食代、旅費及び自宅建築代金等の自己の用途に充てるため、右裏口座から合計約一三〇〇万円を引き出し、もって横領した(業務上横領容疑)。

(二) 右告発事実について、仙台地方検察庁が捜査した結果、右(一)①の背任容疑については、嫌疑なし、同②の業務上横領については、嫌疑不十分として、いずれも不起訴処分となった。

これに対し、原告らは、右処分が不相当であるとして、仙台検察審査会に審査申立てをしたところ、右審査会は、平成三年一月三〇日、被告大竹に関する被疑事実のうち、業務上横領に関する部分については、「嫌疑不十分の裁定は、十分な捜査を尽くした上での裁定とは考えられないので、不起訴処分は相当でない。」が、その余については、「嫌疑なし」又は「嫌疑不十分」との裁定は相当であるとの議決をした(甲四二)。

しかし、右不起訴相当の審査結果を受けて、仙台地方検察庁が再捜査した結果も、不起訴の結論に変わりはなかった。

5  本件誓約書及び上申書問題

(一) 本件誓約書問題

平成元年一〇月三日及び同月四日、新聞各紙において、川越講師が原告となって、被告法人を相手に大学運営の是非を争っている別件訴訟に絡んで、原告側が契約文書のコピーを入手し、これが右一〇月三日の口頭弁論において証拠として提出されるとした上、「野球部主力選手に特待措置」、「入学・授業料を免除」「学生野球憲章違反の疑い」「監督勝手に出す」あるいは「奨学金運用制度に疑問」「大学側は公平主張」「本人は事実関係認める」などと表題が付された記事が掲載された(甲八二ないし八七)。そして、学生の実名は出されてないものの、本件誓約書の写し(同二九)が掲載されている記事も、その中には存在した(同八三及び八六)。

さらに、右記事によれば、日本学生野球協会は、全日本大学野球連盟を通じて、本件大学が加盟する北部地区大学野球連盟に対して右誓約書問題について調査を指示したとされている。

また、右一〇月三日、原告工藤は、別件訴訟における証人として尋問され、右尋問においては、本件誓約書を示し、また、学生の実名をあげた上での尋問が行われている(甲一〇〇)。

(二) 本件上申書問題

原告らは、平成元年一〇月六日、日本学生野球協会及び全日本大学野球連盟に対し、要旨次のとおりの上申書を提出した(甲三〇及び三一)。

「東北福祉大学の野球部長及び監督は、昭和六〇年一二月二五日付でO君及びその父親に対して入学金と授業料を免除し入学を許可する旨の誓約書を取り交わしている。マスコミ報道によれば、学校当局は、昭和五七年四月一日作られた『特殊技能者等に対する奨学金給付内規』と称する制度の適用と主張している旨報じているが、右のような内規が昭和五七年四月一日存在しなかったことは明らかである。そしてO君のこの内規に基づく入学は、学生野球憲章第一三条に抵触すると考えるので、全日本大学野球連盟において審査されたい。」

(三) 調査の結果

日本学生野球連盟は、右調査を、本件大学も所属する北部地区大学野球連盟に指示し、右連盟において調査が行われた。

その結果は、「当該内規の立法趣旨については、十分理解できる。また、実際の運用面についても、当該内規が適用される奨学生は一般学生であり、何ら特定のスポーツ選手の優遇を目的とするものではないので、野球憲章第一三条に抵触するものではない。」というものであった(甲一〇八)。

6  川越講師に対する懲戒解雇処分

被告法人は、平成二年一月一七日、川越講師を懲戒解雇処分に付した。その事由については、東北レポート新聞の記者とゲラ刷り原稿を前に打ち合わせをし、その後右原稿の内容が東北レポート新聞に記載されて発刊されたこと、本件告発は誣告罪に相当する行為であること、学生の実名の記載された本件誓約書を報道関係者に披瀝し、全日本大学野球連盟及び裁判所に提出したこと、前記教授会への出席停止等の処分及び辞職勧告決議の後も、行動及び態度に何ら改まるところがなかったこと等が挙げられている。

7  本件処分

本件大学の教授会は、平成二年三月一四日開催の臨時教授会において、原告らを除いた出席者により、無記名で本件処分についての賛否を問い、その結果、原告工藤については、賛成五一票、反対二票、白票五票、原告樋口については賛成四八票、反対二票、白票八票、原告越智については、賛成四七票、反対五票、白票六票をもって、本件処分を行うことを決議した。

そして、本件大学の学長であり、かつ、教授会の議長でもあった被告佐々木は、同月二四日、その旨を原告らに通知した。

その内容は次のとおりである(甲一ないし三)。

「一、教授会構成員として不適格であるので、当分の間教授会の出席を停止する。

二、教育に携わるのに適わしくないので、当分の間授業担当から外す。

なお、本学教員は、学内の問題でマスコミその他との接触をすることにより大学に不利益を与えることは現に慎むべきことが、決議をもって再確認されたことを申し添える。」

8 「特殊技能者等に対する奨学金給付内規」及び本件処分事由に対する双方の見解

右7の臨時教授会及び本訴における本人尋問の結果に表われた本件処分事由に対する双方の見解の要旨は、以下のとおりである。

(一)  被告ら

(1) 本件上申書において取り上げられた「特殊技能者等に対する奨学金給付内規」(甲八八、乙三〇)は、昭和五七年四月一日から施行されていたところ、その一条(趣旨)においては、「この制度は、本学の知名度の向上及び学内の活性化に資することを目的とし、本学入学試験合格者の中から特殊な技能を持つ者・特殊な事情を有する者等に対する奨学のために設けるものである。」とし、四条において、「本制度の適用者には、在学中学費相当額以内の額につき援助をするものとする。」と定められている。

(2) そして、右内規については、本件大学は私立大学であるから、特長を有し、個性豊かな大学であるべきとの思いから、その経営に当たる理事会において設けたものである。それ故、理事会が、教授会に諮ることなくこのような制度を設けることも、その内容を定めることにも格別の問題はない。

むしろ、問題は、当事者以外の第三者が本件誓約書の原本あるいはそのコピーを所持し、しかも、二年近く前からこれらの存在を知っていたにもかかわらず、その真偽を確認することなく、また、大学の自治の原則に則り、まずは、これを教授会で審議すべきところ、そのような手段を講ずることのないまま、裁判所に書証として提出したり、マスコミ等により外部に公表したことは、大学の自治をないがしろにするものである。

加えて、本件上申書において、学生の実名を公表したことは、同人の名誉及び同人が就職時期を間近に控えていたことなどを考慮せずになされたもので、全く教育的配慮を欠くものである。

(二)  原告ら

右内規は、昭和五七年四月一日には存在しなかったものであり、仮に存在していたとしても、このような内規の制定については、本来、教学に関することであるから、教授会にかけることが必要であるところ、そのような事実はないし、その存在は、学生便覧や入学案内等の記載により一般に明らかにされたものでなく、不当なものである。

一方、原告らは、本件誓約書の存在は、それ以前から知ってはいたが、その真偽は不明であったこと、これを教授会で問題にしようとしても、当時の執行部の体制の下では、原告らの望むような議論は期待できないと考えていたところ、前記新聞記事のとおり、日本学生野球協会あるいは全日本大学野球連盟が右誓約書問題について調査をすることになり、原告らは、これらが厳正な判断をするためには、正しい情報を提供する方がよいと考えてO君の実名を明らかにした上で、右上申書を提出したものである。そして、このようにしたとしても、原告らが提供する資料については、右機関における内部処理がなされ、外部に出ることはないものと考えていたものである。

9 本件処分後の経緯

(一)  本件講義停止処分がなされた後の平成二年四月(平成二年度)以降、原告越智については、同一〇年三月三一日に退職するに至るまで、同工藤及び同樋口については、現在に至るまで、いずれも講義は担当していない。

また、本件出席停止処分以降、被告法人は、原告らに対して、教授会の招集通知をしておらず、原告らは、教授会には出席していない。

また、右出席停止処分が行われた直後の平成二年四月ころ、原告樋口及び同工藤が教授会に出席したところ、出席者の中から、右原告両名が教授会に出席しているのは問題であるとの発言があり、退室を余儀なくされている。

(二)  他方、原告らは、本件処分により、教授会に出席できず、また、講義を担当していない状態にはあるものの、給与を受け、他に減給や手当の停止等の不利益は受けていない。

(三)  本件処分決議の後、本件大学においては、原告らについてなした右処分を解除するか否かを検討するため、教授会のメンバーをもって構成される「措置検討委員会」を設置し、右委員会において意見を集約した上教授会に報告してきたが、右集約された意見は、毎年「教授会で決めた二つの措置を変える理由が見つからないので、前の『当分の間』を継続する。」との内容(乙四五ないし五一号証)を繰り返すものであった。

そして、教授会においては、右意見を受け、原告らに対する本件処分を継続する旨の決議を毎年行い、今日に至っている。

第二  争点に対する判断

以上の事実経過に基づいて、本件争点について判断する。

一 被告らの本案前の抗弁について

被告らは、原告らの(一)教授会への出席及び講義を担当することの権利性並びに(二)本件処分の処分性をいずれも否定した上、(三)これらは大学自治の領域の問題であるから、司法判断の対象とはならない旨主張するので、順次検討する。

1 教授会への出席及び講義を担当すべき地位の権利性について

(一)  教授会への出席権について

学則(甲一〇)九条は、「教授会は、学長、教授、助教授及び講師をもって組織する。」、一〇条は、「教授会は、学長が招集する。」と定め、教授会規程(同一一)二条及び三条にも、同様の定めがある。

また、学則一一条は、「教授会は、(1)教育課程及び試験に関すること。(2)学生の身分に関すること。(3)学則に関すること。(4)教育人事に関すること。(5)その他大学に関する重要事項」について審議すると定め、教授会規程五条も同様の定めを置く。

このように、本件大学の学則等が、大学に関する重要な事項について、教授会に実質的な決定権や関与権を与えていることは、教授会が、大学の自治を支えるための中核的な存在であることを認めるとともに、その構成員に対しては、学長の召集に応ずべき義務を定めているとみることができる。

そして、このような教授会の重要性に鑑みれば、その構成員たる教員にとっては、むしろ積極的に教授会に出席し、議案の審議に参加すべきことが求められているとともに、このようにして大学の運営等に参加すべきことは、その地位に伴う必要不可欠のものであるということができる。それ故、右教員にとって、教授会に出席し、議案の審議に参加すべきことは、単に事実上の利益や反射的利益というに止まるものではなく、権利として理解すべきが相当である。

(二)  講義を担当すべき権利について

被告法人の就業規則(甲九)一五条は、「教員の所定就業時間は、これを責任担当時間と勤務時間に分ける。」と定め、一六条は、「教職員は勤務時間、責任担当時間中定められた業務に専念しなければならない。」と定めており、これによれば、教員が、科目を担当して講義を行うことは、雇用契約上の義務であるということができる。

しかし、同時に、大学の教員にとって、学生に教授することは、その学問研究の成果の発現の機会であるとともに、このような機会において学生との対話等を行うことは、さらに学問研究を深め、発展させるための重要かつ不可欠な要素であるということができるから、大学の教員が、学生に対して講義を担当することは、単なる義務というに止まらず、権利としての側面をも有するものと解するのが相当である。

2 本件処分の性質について

被告らは、本件出席停止処分は、本件大学の教授会の行った措置であって、被告法人の行った処分ではないし、本件講義の停止も、何ら原告らの権利を侵害するものではない旨主張する。

しかし、本件要綱(乙一〇)の2の(3)によれば、「教授会より選任された当委員会(綱紀委員会)としては、成立の経緯からみて委員を調査する権限なり機能をもつということは適当なことではない。もしかりに情報提供者があったとしても、それを特定することは困難である。そのような権限なり機能は、就業規則との関連からみて理事会の機能である。」とするものであり、これを受けて同(4)は、「教授会としては、理事会の教員の懲戒にかかる諮問について審議する。その他、教授会構成員について、(2)のような事実が明らかとなった場合、①厳重な警告、②事態が正常化するまで教授会出席の一時停止、③除名並びに辞職勧告、等の措置が考えられる。その場合調査委員会を設けることが望ましい。」と規定するのみである。

そして、これら規定によれば、教員の懲戒処分については就業規則に基く理事会の調査、議決を経て、被告法人が行うことを予定するとともに、教授会においては、理事会の諮問に応じ、右問題について審議する権限を有しているに過ぎないものというべきであり、本件要綱の規定をもって、教授会に本件出席停止処分をするような権限を与えたものとは認め難い。

加えて、被告法人の就業規則(甲九)五七条においては、「懲戒は、譴責、減給、昇給停止、出勤停止及び懲戒解雇の五種とする。」と規定し、五六条は、「教職員は本条より第六一条までの規定による場合の外懲戒を受けることはない。」「懲戒は学長これを審査の上行う。」と規定されていること、学則(甲一〇)一一条には、教授会は、「(4)教員人事に関すること、(5)その他大学に関する重要事項」を審議するとされていることからしても、本件大学の教授会は、本来、被告法人の執行機関ではなく、審議機関としての性質を有するものであって、例え、本件処分の実質的な決定権限が教授会にあるということができるとしても、その処分の主体は、あくまで被告法人であるというべきである。

そして、右1においてみたとおり、教授会の構成員たる教員が、教授会に出席すること及び講義を担当することは、いずれもこれらの者の権利であるということができるから、被告法人が、原告らに対し、これらを停止させることは、その権利を侵害する不利益処分というほかなく、その実質は、右就業規則にいう懲戒に相当するものというべきである。

3 司法審査の可否について

さらに、右にみたとおり、本件処分は、その実質は、懲戒処分に相当するものというべきところ、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときに、いかなる処分を選ぶかについては、当該組織の事情に通暁した懲戒権者の広範な裁量に委ねられているが、右の裁量は恣意にわたることをえないものであることももとより当然であって、処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用した場合は、違法であり、このことは、公私立を問わず、学校の教員に対して行われる懲戒処分についての司法審査においても、異なるところはないものというべきである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日判決・民集三一巻七号一一〇一頁、同昭和五九年一二月一八日判決・労働判例四四三号二三頁参)。

4 したがって、本訴における原告らの請求一般が、司法判断の対象とはならないとの被告らの主張は、失当である。

5  別紙講義目録記載の各講義を担当する地位の確認について

もっとも、証拠(乙三四の1及び被告萩野本人)によれば、本件大学における学生に対する講義のカリキュラムの編成(講義の科目、講義の時間数及び時間割)については、各年度ごとに、学内に設けられた教務委員会が原案を作成し、教授会の審議を経て、最終的には学長が決定していることが認められる。

そうとすれば、原告らが、それまで有していた授業を担当すべき権利が侵害されたことを理由として、これについての損害の賠償を求めうることは格別、本件講義停止処分以降の各年度における講義について、右のような手続がなされない以上、原告樋口及び同工藤が、現在においても、当然に別紙担当講義目録記載の各講義を担当する具体的な権利を有すると認めることができないから、このような権利が存在することを前提として、別紙講義目録記載の各講義を担当する地位の確認及び同講義の担当の妨害禁止を求める部分の訴えは、不適法であるといわざるをえず、却下を免れない。

二  本案について

1  被告法人が、原告らに対し、実質的には懲戒処分に相当する本件処分をしたことは、右一において判示したとおりである。

2 そこで、被告らの抗弁(本件処分の適法性)について検討する。

(一)  就業規則に定める懲戒事由の不存在

右のとおり、実質的には懲戒処分である本件処分は、不利益処分である以上、これが有効とされるためには、少なくとも、法規上の根拠及び右根拠において処分事由を定める事由に該当する事実が存在することが必要であるところ、被告法人においての懲戒に関する定めは、その就業規則五七条に、「懲戒は、譴責、減給、昇給停止、出勤停止及び懲戒解雇の五種とする。」とした上、同五六条は、「教職員は本条より第六一条までの規定による場合のほか懲戒を受けることはない。」とされているにもかかわらず、被告法人は、右規定に該当しない本件処分を行ったものであるから、右処分は、既にこの点において、違法であるというべきである。

(二)  本件要綱違反の有無について

これに対し、被告らは、本件処分は、右就業規則に基づいてなされたものではなく、原告らの本件上申書及び告発に関する行為が、本件要綱に反するものであることを理由として、教授会が主体となり、あるいは本件大学が、右教授会の決議に基づいてなした措置にすぎない旨主張する。

しかし、この点についても、本件要綱の規定をもって、教授会に本件出席停止の処分をするような権限を与えたと認め難いことは、前示一のとおりである。

そこで、さらに、本件処分を被告法人の処分としてみた場合に、右要綱に定める事由が存在する場合には、なお右処分の根拠法規となしうる可能性があるかどうかについて、一応検討する。

(1)  本件上申書問題について

①  前示第一の二のとおりの本件要綱成立の経緯、さらに、同要綱中には、「本年四月以降の異常ともいえる事態を終息させるために」との文言があって、右の「異常ともいえる事態」が、本件大学運営上の事項に関する情報が報道機関に提供され、これに基づいて、右大学の運営を問題視する報道がなされたことを指すことは明らかである。そして、同要綱には、教授会の審議内容に関する守秘義務を確認する旨の文言も記載されていること等の事情を考慮すれば、同要綱が定められた趣旨及び目的が、教授会の審議内容が教授会構成員によって報道機関に情報として提供されるのを予め防止するところにあったものと解することができる。

②  ところで、原告らが行った行為は、日本学生野球協会及び全日本大学野球連盟に対する本件上申書の提出である。

そして、証拠(甲四四)によれば、右上申書の提出先は、いずれも公益法人たる財団法人であり、また、日本学生野球協会の定める審査室規程二条には、日本学生野球憲章二〇条(原告らが右上申の理由として掲げた一三条をも含む同憲章に違反する行為がある場合の制裁を定めた規定)等の規定に該当する事実があると認められるときは、大学野球の場合においては、全日本大学野球連盟がその事実を調査しなければならない等の、また、五条には、審査室の議事は公開しない旨の規定があることが各認めらる。

そして、前示第一の二のとおり、原告らが本件上申書を提出したのは、本件誓約書問題についての報道がなされ、右日本学生野球協会が調査を開始した後であり、これらを契機として、右調査に際しての資料ないし意見を提供するためになされたものであり、かつ、不特定多数の者に対して、提供した右情報が公開されることを予定してなされたものでもないから、右原告らの行為は、右要綱に定める報道機関に対する情報提供とは性質を異にすることは明らかである。

さらに、右要綱2においては、「(1)事態を混乱させぬため、教授会の審議内容をみだりに教授会構成員以外に漏らさぬための守秘義務は、本来教授会構成員としての良識にもとづく当然の責務であることを再確認する。」とするところ、右上申書の提出に至るきっかけとなった本件誓約書の問題については、これが教授会において審議されたとの事実はない。

③  以上によれば、原告らによる本件上申書の提出が、右要綱において定められている禁止事項に該当するということはできない。

④  もっとも、この点について、被告らは、原告らが、右誓約書の問題について、教授会に問題を提起し、あるいはその当事者である被告大竹、野球部監督、O君及びその父親に事実を確認することもなく、日本学生野球協会等に本件上申書を提出したこと、さらには、当時、就職進路決定時期にあったO君の立場を考慮しないで右提出に及んだことは、原告らの教員としての資質を疑わせる態度であり、右要綱にある「プライバシーに関わることは……教授会構成員として決して他に漏らすべきことではない。」との行為規範にも違反する旨主張する。

しかし、右にいう「プライバシー」とは、教授会構成員のものをさすことは明らかであり、また、前記②のとおり、原告らは、本件上申書を日本学生野球協会等に提出するに際しては、これらがいずれも公益的な団体であることから、右提出を決意し、また、O君の氏名については、これが内部処理をされるものと考え、公表されることは予期していなかったものであるから、これをもって、右要綱違反があるとすることはできない。

⑤  右のとおり、原告らの本件上申書の提出に関しては、本件要綱の定める事由にも該当せず、いずれにしても、右要綱をもって本件処分の根拠とはなし難く、この点についての被告らの主張は失当である。

(2)  本件告発問題

①  告発は、犯罪の嫌疑ありと思料する場合に、これを捜査機関に告知する行為であり、捜査機関に対する情報提供としての側面を有するものであることは疑いないが、他方、告発を端緒として捜査を行う捜査機関にとっては、法律上当然に守秘義務が課されることになる。

そうとすれば、原告らによる本件告発についても、本件要綱制定の趣旨、目的である報道機関に対する情報提供の防止とは、自ずからその性質を異にするものであって、これをもって直ちに、原告らの右行為が右要綱に反するということもできない。

②  もっとも、被告らは、本件告発問題について、右告発したこと自体に加え、当事者である被告萩野及び同大竹の両名に対して確認することもなく、右告発に至ったこと、検察庁による捜査の結果、不起訴処分となったにもかかわらず、被告らに対して謝罪する等の態度を採ることがないばかりか、なおも、右被告両名が犯罪を犯したかのような態度を採っていることを挙げ、このような態度は、同僚として甚だ相当性を欠き、かつ、信義に反するものであることが右要綱の趣旨に反し、教員として不適格もしくはふさわしくないものとも主張する。

しかし、本件要綱2(2)は、「本来教授会の権能はその信義の上に成り立つものであり、」と規定するに止まり、その文言から、信義に反した態度を採った場合に、直ちに何らかの処分を採りうると解することは困難であり、右被告らの挙げるような事由も、本件処分の根拠とはなり得ないものというべきである。

(3)  以上のとおり、原告らの本件上申書及び告発に関する行為が、被告法人の就業規則や教授会要綱に違反するとは認め難く、被告法人の原告らに対する本件処分は、違法であることを免れず、他に、これが適法であると認めるに足りる証拠はない。

(三)  その上、本件処分に際しては、その期間は、「当分の間」とされていたにもかかわらず、平成二年三月の処分時から、原告越智については、平成一〇年三月の退職時まで約八年、同樋口及び同工藤については、現在に至るまで約九年の長期にわたりこの状態が継続しているのであって、この点も、違法であるというべきである。

(四)  他方、被告法人は、原告樋口及び同工藤に対して、教授会の招集通知をしておらず、右原告両名が教授会に出席し、審議に参加することを妨げているものというべきである。

しかし、これまで判示したとおり、右原告らへの妨害行為は、被告法人が主体となって行ってきたものであるところ、原告らにおいて、その余の被告らが、個人として、具体的にこのような妨害行為を行ってきたとの主張立証はない。

(五)  よって、原告樋口及び同工藤が、被告法人に対し、教授会への出席及び審議への参加を妨害しないことを求める部分の請求は理由があるが、その余の被告らに対する請求は理由がない。

三  原告らの被告らに対する損害賠償請求について

1 被告法人に対する慰謝料請求

被告法人の本件処分が違法であることについては、これまで判示したとおりであるところ、原告らは、被告法人の右行為によって、大学の教員として不可欠かつ重要な教授会に出席して議案の審議に参加する権利及びそれまで有していた講義担当の権利を、しかも、法規上の根拠もないまま、八年もしくは九年の長きにわたって侵害されてきたものである。

しかし、他方、原告らにとって、本件上申書の提出や告発は、本件大学の運営の正常化を目的としていたものであることは容易に推認されるところ、そうであれば、例え教授会でこの問題を取り上げても、当時の執行部の体制の下では、原告らの望むような議論は期待できないと考えていたとしても、まずは学内での議論をし、右誓約書を含む事実関係の解明や真偽の確認に努めるべきであり、これが大学の自治の目的にも適うものであったというべきである。しかるに、原告らは、このような行動を採ることのないまま、本件上申書の提出や告発に及んだところ、結局は、日本学生野球連盟の調査の結果は、学生野球憲章に抵触する疑いはないとして問擬されず、また、仙台地方検察庁における捜査の結果は、本件告発にかかる事実については、被告萩野及び同大竹のいずれについても、不起訴処分とされているのであり、このような結果からしても、原告らが、右のような行動をするに当たっては、なお慎重な配慮と裏付資料の収集とが要求されていたというべきである。これに加えて、原告らは、本件処分後、今日までの間、俸給の減額等の不利益を受けたものではないこと等の事情を総合考慮すれば、右処分によって原告らが被った損害に対する慰謝料としては、原告らそれぞれについて、二五〇万円とするのが相当である。

2  被告佐々木ら三名の不法行為責任

右のとおり、本件上申書問題に関しては、学生野球憲章に抵触する疑いはないとされ、また、本件告発に関しては、被告萩野及び同大竹について、いずれについても、不起訴処分とされていることからすれば、被告法人が、本件処分をするについて、被告佐々木ら三名が、共謀の上、本件大学の管理運営上の諸問題について、その不当性を隠蔽するため、右運営に批判的な意見を述べた原告らを学外に追い出そうとして、虚偽の処分理由を作出したということはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らが、被告佐々木ら三名に対して、不法行為に基づく損害賠償を求める部分の請求は、理由がない。

四  原告越智の被告法人に対する賞与支払請求

1  被告法人の賞与の支給に関する本件細則(乙六〇)二条は、「賞与は、人事院規則九―四〇(期末手当及び勤勉手当)に準ずるほか、本細則の定めるところにより支給するものとする」と規定する。

そして、右人事院規則一条は、期末手当の支給を受ける職員は、国家公務員の一般職員の給与に関する法律(以下「給与法」という。)一九条の四第一項前段に定めていることを明らかにしており、同条項によれば、期末手当(賞与)は、三月一日、六月一日、及び一二月一日の基準日にそれぞれ在職する職員に対して支給され、また、基準日前一か月以内に退職した者についても、同様とすると規定されている。

そして、右条項に即して被告越智についてみると、同原告が本件賞与の支給を受けるためには、平成一〇年六月一日に在職するか、または同日前一か月以内に退職していなければならないことになる。

2  この点について、原告越智は、本件細則の三条と二条とを併せ読めば、右三条は、賞与を支給すべき対象者をも定めたものであり、したがって、原告越智は、右賞与の支給対象者に該当する旨主張する。

しかしながら、右三条は、「賞与の基準期間中に休職、退職又は死亡した者に対しては、……支給額を計算する。」とし、さらに、「基準期間中の勤務月数を勘案して」と規定していることの各点において、給与法の規定と異なるものであることをも勘案すれば、右条項は、同二条により支給の対象者となった者のうち、基準期間中に退職等の事情があった者に対する賞与の支給額の基準を定めたものとみるのが相当であって、支給対象者については、同二条の規定により準用される人事院規則、さらには給与法の規定によるものと解釈するのが相当である。

3  以上を前提とすると、原告越智は、平成一〇年三月三一日に被告法人を定年退職しており、本件賞与の基準日である同年六月一日に在職するか、または、これより一か月以内に退職した者には該当しないので、原告越智は、同月一五日に支給されるべき本件賞与の支給対象者には該当しない。

したがって、原告越智のこの点に関する請求は、理由がない。

第三  結論

以上によれば、原告樋口及び同工藤が、被告法人に対し、教授会に出席し、議案の審議に参加することを妨害してはならないことを求める部分の請求は、理由があるから認容し、同原告らが、同被告に対し、講義を行う地位を有することの確認及び右各講義をすることを妨害してはならないことを求める部分の訴えは、いずれも却下し、原告らが、被告らに対して損害賠償を求める請求については、原告らが、被告法人に対し、それぞれ、二五〇万円の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、被告法人の仮執行免脱宣言の申立については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・梅津和宏、裁判官・衣笠和彦、裁判官・瀬戸茂峰)

別紙目録<省略>

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